ライレージム京都
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“蛇の穴” ビリーライレージム は、1900年代初期に活躍した名レスラー、ビリー・ライレーが、イギリス・ウィガンに設立した、ランカシャー“キャッチ・アズ・キャッチ・キャン”レスリングのジムです。

       

狭いジム内で、当時世界のトップクラスのレスラーがしのぎを削りあい、激しい練習が繰り広げられていました。日本でも有名なのは、“プロレスの神様”と呼ばれ、アントニオ猪木を始め、数多くのプロレスラーを指導した カール・ゴッチ。

麗なるレスリングテクニックで、日本のプロレス界に一大旋風を巻き起こした“人間風車” ビル・ロビンソン。 とりわけ、1975年のアントニオ猪木との一戦は、日本のプロレス史上に残る名勝負とされています。

この二人の活躍により、昭和40-50年代に日本でも、“蛇の穴” ビリーライレージム、ランカシャー“キャッチ・アズ・キャッチ・キャン”レスリングの名は、広まりました。 しかしイギリス国内でのキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの人気は低下し、世界レベルの選手はアメリカや日本などに活躍の場を求め、 ビリーライレージムは1970年代には、一時閉鎖されました。
プロ選手がジムから離れていく中、近所の子供達のためのレスリングジムとして活動を再開しました。ビリー・ライレーは、最後の弟子となるロイ・ウッドにコーチの座を譲ると、1977年に死去しました。

以後、ウィガンでは、“ビリー・ライレー最後の弟子”ロイ・ウッドが、ビリー・ライレーの遺志を受け継ぎ、子供を中心に指導を続け、数々のフリースタイルレスリングの全英チャンピオンを輩出し、伝統の技術を守り続けています。

1993年に渡英して以来、ロイ・ウッドのもとで約3年学び、また東京にあるUWFスネークピットジャパンで、 ビル・ロビンソンの指導も2年以上受けた松並修が、2007年に京都市にランカシャー“キャッチ・アズ・キャッチ・キャン”レスリングのジムを設立。同年4月に当ジムを訪問したロイ・ウッドにより、“Riley Gym Kyoto” と命名される。
    


世界的にキャッチ・アズ・キャッチ・キャンに再び注目が集まる中、 2012年、ロイ・ウッドがライセンス制を導入する。 そして、松並修公認コーチ第1号ライレージム京都が、公認ジム第1号となりました。
       

ライレージム京都は、伝説の“蛇の穴”ビリーライレージムの再現、 他の格闘技の影響を受けない、 何の混じり気もない、純粋な ランカシャー“キャッチ・アズ・キャッチ・キャン”レスリングを継承しています。

◆さらに詳しく! 「ライレージムへの道」

  *ビリー・ライレー伝記 “Billy Riley - The man, the legacy”

1896年の ビリー・ライレーの誕生から、幼少期、選手時代、現役引退、数々の世界超一流レスラーを育て上げたコーチ時代、晩年まで “ウィガンの英雄” ビリー・ライレーの激動の人生全てが語られています。
また、カール・ゴッチ、ビル・ロビンソンなど、ビリー・ライレーの弟子たち、ライレーの死後のウィガンについても述べられており、ビリー・ライレーの伝記本であると同時に、ランカシャー“キャッチ・アズ・キャッチ・キャン”レスリングの歴史書でもあります。 そして、「ライレージム京都」も詳しく紹介されています!

     

 

 

 

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